書道家 金田石城|石城を語る

“墨の魔術師” SEKIJYO KANEDA rakkan.jpg 
【書道家】 金田 石城

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 石城を語る  

 
片岡 鶴太郎 【俳 優】    ─ 石城鳥瞰眼 ─  
 
special_8.jpg  石城先生の「書」は何と云っても大作の書作品が圧巻である。 その伸々とした屈託の無い勢いに私は安心して身を抱かれる。
 実際に大文字を書いてみるとわかるのだが、字のバランス形を整えるのは大変難しいものである。
 形ばかり捕らわれると勢いが無くなる。勢いばかりだと形を見失う。石城先生は、書を書いている瞬間に主観と客観とを同時にやってのける今、刻々と進んでいる文字を直視しながらパーンと俯瞰から冷静に眺めているもう一人の石城先生の眼が在る。それは紛れも無く鳥瞰の眼・心である技さえも冷ややかに見つめる冷眼なのであろう。石城鳥瞰眼である。木の種には鳥が喰べて、鳥の体内を通過して初めて、発芽する種が在ると言う。
 石城先生の「書」は、石城先生の体内を通過してはじめて、この世に生まれる文字・新たな生命であるその生命の躍動と感動を私は、いつまでも目撃していきたいと願っておるのです。
 
 
 
 
 

 
森村 誠一 【小説家】    ─ 限りなく燃焼する宇宙 ─  
 
special_1.jpg  金田石城氏の宇宙をわずかな言葉で要約するのは至難である。「書の鬼」「書の天才」と一言にして括ってもはみ出てしまう巨大なエネルギーが彼の宇宙である。
 その金田氏が、言葉の鬼である角川春樹氏の俳句と、書をもって対決したことがある。それは角川春樹、書・金田石城「魂の一行詩」自選100であった。この春樹氏とのコラボレーションを含めて石城氏は「命と命のせりあい」と呼んだ。それは同時に、宇宙と宇宙のせりあいであった。つまり石城氏の書には、書を超えて突きつけてくる白刃のような対決の姿勢が常にある。
 一般には、書は難しいものという先入観があるが、石城氏の書に込められた姿勢とエネルギッシュなパワーは圧倒的である。春樹俳句の凄まじさを書に翻訳して、これ以外のいかなる表現形式も考えられないような書体が、書の持つ均整の取れた美しさを超えた究極の表現となってアピールしてくるのである。
 上手な書というものは、練習すれば多少は書けるようになるであろう。だが、その書にこもる精神や、気迫や、エネルギーとなると、練習だけではどうにもならない作者の持って生まれた宇宙や感性がものをいうような気がする。
 本来、文字は言葉を記録し、知識や情報を後世に蓄積し、遠方まで伝達することを目的として発明された。書は文字の精神化であろうか。金田氏の書を見ていると、宇宙が際限もなく拡大、膨張しているように、金田氏の宇宙も文字に基づいた書が無限の可能性を求めて限りもなく発展していくようにおもえる。
 書が精神を抽象し、思想を表現し、抒情を盛り、文字としての定型から離れて、宇宙空間を埋める無数の星のように、石城宇宙を構成する無限の可能性を秘めた墨象となって燃えている。一つ一つの墨象が太陽となって、熱い燃焼をつづけながら、表現の限界を究めようとしている。
 そこにはそれぞれの太陽を中心にして、絵があり、陶芸があり、着物があり、そして著述がある。これらは太陽となって輝く墨象の光を受けた衛星であり、石城宇宙の太陽系を構成している。
 このまま可能性を究めていくと、一体どうなるのか。
 優れた芸術には常に危険性がつきものであるが、金田石城の宇宙の危険性は無限の可能性にある。無限であるがゆえに、終わりはない。本人自身にも終止符が打てない宇宙を抱えて燃焼をつづけるのが金田石城である。
 
 
 

 
川淵 三郎 【財団法人日本サッカー協会 名誉会長】    ─ 金田石城の宇宙 ─  
 
special_11.jpg  金田石城先生と日本サッカー協会(JFA)とのお付き合いは、今年新設されたJFAアカデミー福島の学生寮にサッカーを題材にした水墨画を描いていただいたのが始まりです。
 同アカデミーには2006年、JFAと関係自治体の協力のもとにスタートした、いわゆる“エリート選手の養成機関”です。しかし、単に優秀なサッカー選手を育てるというのではなく、これからの国際社会をリードする人材の育成を目標に掲げ、中高一貫教育のもとにサッカー指導を行っています。トップ選手の育成に関しては、JFAの前名誉総裁であられる故高円宮憲仁王殿下の「若手の育成こそが日本サッカーの発展につながる」という強いご遺志を継ぐ者でもあり、完成した寮は、故高円宮憲仁王殿下と現総裁の久子妃殿下にあやかり、お二人のお印として使われている「柊」と「扇」をその愛称にしています。
 奇しくも石城先生は福島県いわき市のご出身ということで、同アカデミーに深く共感いただき、今回の作品を贈っていただくに至ったわけです。選手たちは先生からいただいた作品に自らの強い意志を重ね、日々、練習に勉学に励んでいます。
2度目は今年5月、国際サッカー連盟の新社屋(FIFAハウス)の完成祝いとして、先生から屏風が寄贈されました。「闘魂 Fighting Spirit」と題した、それは畳4枚にも及ぶ大作で、“墨の魔術師”と異名をとる石城先生らしく、サッカーに興じる選手が迫力あるタッチで描かれています。日本の伝統文化とサッカーが見事に融合した名作に、落成式に出席した各国のサッカー関係者から万雷の拍手が送られました。
 スポーツも学問も、子どもの“個”伸ばすことで大きく成長するというのが自明の理ですが、だからといって得意なことばかりやらせるというのは、社会性や人間性の欠如を招きかねず、やはり古来の「文武両道」という考えの上に立って教育が施されるべきだと考えています。芸術、特に日本の芸術は精神性が強く反映されるもので、豊かな情緒を育み、日本人らしさや品格、礼儀を身につける上でも欠くことができないものと考えています。
 ご自身もスポーツがお好きというだけあって、サッカーをモチーフにした作品にはスポーツへの深い愛情が表現されていると思っています。石城先生が描かれる水墨画を通じて、若い選手たちが日本の歴史や伝統文化に関心を持つきっかけにもなるでしょうし、多くの人々に日本の伝統と日本人としての誇りを再認識させてくれる者だと思っています。
 今後も益々ご活躍され、我々の度肝を抜く力強い作品を数多く発表していただきたいと願っています。